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2024/03
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近況報告
ここ数ヶ月のあらしの病気のことについて、ずっとブログに書きたいと思いつつ、できずにいました。


今日は少し時間ができたので・・・


9月にカテーテル検査をした結果、あらしは、左肺静脈の狭窄がすすんでいることがわかりました。

昨年の総肺静脈還流異常解除のオペでは、左右肺静脈と心房の接合部をひろげましたが、今回はその奥、肺静脈自体が狭窄していました。
(去年は左右とも、肺静脈自体は狭窄していませんでした。右2本は現在もきれいに流れていましたが、左2本は、去年なかった狭窄がありました。)

肺の出口である肺静脈が狭窄しているため、肺の圧は40を超えていました
(フォンタンの適合条件は15以下)。

その結果を踏まえて、循環器科、心臓血管外科、それぞれの先生と、今後のことについてお話をした、結果は以下のとおり。


【循環器科の先生とのお話】

現在の医学では、肺静脈の狭窄をひろげる方法はまだない。
よって、このまま、左肺静脈2本は、閉塞し、左肺はダメになってしまうだろう。

右2本の肺静脈がのこっているため、右肺だけで生きることも考えたが肺の状態を表す”RP”という値が左右ともに10ある。
正常値が2?3であることを考えると、左右ともに肺の状態はかなり悪いと思われる。
普通なら人間は、片肺でも生きてはいけるが、実際、あらしは、心臓が右にあり、心臓に圧迫されるため、右の肺が小さく、さらに、生まれてからの肺高血圧もある。

あらしの場合は、おそらく右肺だけで生きていくことは無理だろう。

通常、無脾症候群の肺静脈狭窄は、1,2ヶ月ですすみ、2歳くらいまでに亡くなることが多い。
あらしのように、3歳以降に狭窄が進み、さらに1年もかけてゆっくり狭くなることはきわめて稀なケースである。

おそらく、余命はあと3,4年。
まだ、元気のある今のうちに、家で家族で時を大事に過ごして欲しい。


【心臓血管外科の先生とのお話】

まず最初に・・・肺の状態を表すRPという値は忘れてくれていい。
色々な数値を計算式に当てはめて出すものだが、これは、信頼できるものではない。

確かに右の肺が悪くなってはいるが、それが今後改善しないとは断言できない。

実際、原因はわからないが、肺高血圧が数年かけてよくなった子も何人かいる。

昨年のオペで右の肺にも十分な血液が流れるようになった。
このことが右肺を良い方向につながる可能性も十分ある。
(静岡にきたころあらしの右肺上部には、血流がありませんでしたが、昨年のオペにより血流ができき、今回のカテでも十分な血流が確認されました。)

静岡には、無脾症候群の肺静脈狭窄により、右肺静脈2本が閉塞して右肺がダメになったものの、左肺のみで、フォンタンまで達し、今元気にしている子が3人居る。
右の肺だけで、生き延びてフォンタンまで達した子はいない・・・・そもそもそういう症例の子がいないので、なんともいえない。

ただ、今、右の肺には、左の肺に流れる血液まで流れ込み、かなり負担がかかっている状態である。
もし、もう一度左の肺静脈狭窄を解除することができれば、あらしの再狭窄のスピードがゆっくりであることを考えると、その間に右肺への負担を減らすことができる。

ただ、左肺静脈の狭窄の解除のオペを簡単に選ぶことはできない。
なぜならば、解除しても再狭窄する可能性があるし、オペ自体で命を落とす可能性もあるからだ。
これまでに何例も、無脾肺静脈狭窄を解除してきたが、そのままきれいにひろがったままでいてくれた症例は多くない。
さらに、なぜ、再狭窄をするのか、あるいはなぜ、しないのか・・・・・まったくその理由がわからない。

しかし、もし、オペをのりきることができれば、以下の利点があげられる。

1.もしかしたら、これで左の肺静脈がひろがってくれるのではないだろうか、という希望をもつことができる。
2.一時的であれ、右肺の負担を減らし、右肺がより改善する時間を稼ぐことができる。
3.もし、本当に余命3年だとするならば、より良い状態で家族の思い出作りをすることができる。

もし、両親が「もうオペはしない」という選択をしたとしても、十分理解できる。
よく考え、話合い、結論を出して欲しい。


それぞれの先生とお話をして、そして、私達夫婦はオペをすることを選びました。

オペ前には2週間ほど一時退院をして、いろんな所に遊びに行って、東京にも少し帰りました。
東京では、学校に顔を出し、先生やお友達に会うこともできました。
学校に着いたときのあらしの「え?いいの??」という、うれしいけど信じられないような泣き笑いのような複雑な顔が今も強く心に残っています。
なかなか外でお友達をつくることが難しいあらしにとって学校はかけがえのない社会との接点であり、自分の居場所でもあります。
「また、あらしを学校に通わせてあげたい!」私も夫ただただそう願いあらしをオペに送り出しました。

10月23日、あらしは無事にオペを終えて帰ってきてくれました。
次の日には抜管し、3日後には食事がはじまって、1週間で病棟にもどってきたのは、驚きでしたが、その裏には、あらしがもしかしたら、長くは生きられないかもしれないから、なるべくつらいことは少なくして、早く家に返してあげたい、という先生達の想いがあったようです。

今週末退院の予定です。
こんなに早く退院したことはないので不安ですが、あらし自身はびっくりするほど元気です。

心配していた問題は、幸い何もおこらずにオペを乗り越えることができました。
次の課題は、今後1年以内に肺静脈狭窄が再狭窄しないかどうか・・・です。

今後、どうなるかは誰にもわかりません。
不安はもちろんありますが、でも、私が不安になるとあらしはもっと不安になってしまうと思います。

外科の先生は、
「あらし君とまったく同じ症例の子はいません。今の悪い状態から元気になった子はいないけれど、亡くなった子もいないのです。将来のことは今もだれもわかりません。」

本当にそのとおりだと思います。
だから、私は今まで以上にどっしりとかまえ、明るく楽しく、家族でいつもどおり過ごせるよう努力したいと思います。

「病気とは気楽に付き合ったほうがいいよ!」とは、静岡こどもでみてもらった歯科の先生の言葉。
出会いはあらしの節食指導でした。
この先生に出会ったおかげであらしは刻みが食べられるようになり、私はこれまでの心の苦しみがさささ?っと、小さくなりました。
これまでたくさんの重症の子を見て、たくさんの子を見送ってきた、先生。
だからこそ、その言葉を素直に受け入れることができました。
「ああ、気楽でいいんだな・・・肩の力をぬいて、つきあえばいいんだな・・・。」と、あらしが生まれて4年目にしてはじめて私は肩の荷を本当の意味でおろすことができたような気がしました。


気をつけるべきことは気をつけて・・・でも、後は気楽に♪♪

色々ありましたが、やっと自分の中でも気持ちの整理がついてきました。
心配をしてくれたお友達のみなさん、なかなか連絡できずごめんなさい。
気持ちの整理がつかないうちは、なかなか文章にすることもできず、しかも、どうしても長い文章になってしまい、連絡できませんでした。

また、落ち着いたら直接連絡させてもらいますね。

今は荷物のまとめ作業に追われています。
静岡には4ヶ月もいたので、すでに荷物も盛りだくさん!
アパートは、念のためしばらく借りたままにする予定なので、すべてを持って帰ることはしませんが、それでも、もって帰らねばならない荷物もたくさん・・・。

静岡で保育園に通っていたハルキですが、また東京で一から保育園を探します。
(今から少しずつ電話をしています。)
良いところにまた、決まると良いのだけれど・・・。


あっ、でも、退院の話がでるとすぐに熱だのなんだので、延期になるあらしですから、本当に今週中退院できるかどうかわからないんですけどね??(笑)。


果たして、本当に退院できるのか!?東京に帰れるのか!?ドキドキしながら、荷造りをしている私です!!

arashi15
「ふぅ??、ふぅ??」
あらしは10月8日、4才の誕生日を迎えました

担任の先生が送ってくれたバースデーカード。
メロディーが流れた後、ろうそくに火が灯り、息を吹きかけて消す仕組み。

あらしはとても喜んで、一生懸命息をふきかけて消していました。
その仕草が可愛くて・・・・ノックアウトされてしまった、私と夫です。
(親バカですみません
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あらしのよるに
カエル

あらしママ

Author:あらしママ
心臓病の息子あらしのこと、家族の毎日、思ったこと、好きなモノなどなど、あらしママがつれづれなるままに綴ったページです。

【あらしパパ】
家族を愛し、仕事に燃えるスーパーパパ。しかし、その正体は(笑)

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